楽器屋探索ディープレポート Vol.19
池ノ上ヤマテピアノ
- ヤマテピアノについて
- 1940年に淡島通りで創業。世代を超えて受け継がれてきた熟練の技とノウハウで、調律・修理からオーバーホール、ヴィンテージピアノの再生修復まで自社にて対応するピアノ工房・専門店。1956年に池ノ上駅そばに移転。ショールームではヨーロッパピアノを中心に、国内外あらゆるメーカー・機種・年代のピアノを揃え、上階にはピアノ貸しスタジオも併設。修理・販売にとどまらず、演奏家の活動支援にも尽力してきたピアノ職人の店。
- ヤマテピアノ 店舗情報
- ヤマテピアノ公式サイト
世田谷区代沢2-43-2
お問い合わせ:03-3411-0745
楽器店の中の人に話を聞いてみた〜 ヤマテピアノ 編
このコーナーは、楽器店でミュージシャンをサポートしてくれる「中の人」に突撃インタビューしてお話を聞いてしまおうというコーナーです。中の人の皆様、ご協力ありがとうございました。
本日は池ノ上ヤマテピアノ代表取締役社長の竹越浩一さんにお話をお伺いします。歴史あるピアノ専門店として有名ですが、オープンの経緯などお聞かせください。
私の父親が創業したお店で、私は2代目になります。1940年に世田谷の淡島通りでピアノの調律と修理を始めて、60年前(1956年)にこの場所に来ました。個人でやっている調律所で店舗をかまえて経営しているところは少ないんじゃないかな。
確かに調律師さんが実店舗を持ってる話はあまり耳にしませんね。
一般に、修理と言うと、調律師がピアノのあるところに出向いて作業するだけで、オーバーホールなんかほとんどやっていないんです。でも、うちでは修理をしたり、弦(ピアノ線)を全部張り替えたり、おおよそのことが出来ます。塗装に関してだけは外部の職人さんにおまかせしています。
ここでいう「修理」と「調律」とはそれぞれ違う作業を指すのでしょうか?
本来は一緒なんですよ。どちらかだけではピアノを完全な状態に仕上げられないので、ヨーロッパ、特にドイツなどでは、「マイスター」として修理と調律を総括して経営することが多く、そのマイスターのもとに調律師さんがいるのが一般的なんです。それが、日本国内では「調律」だけ一人歩きした感じが目立つのかな。
本来は、ピアノのメンテナンスの全てが含まれているということなんですね。
そうです。だから、うちの若いスタッフは弦をすべて張り替えることも出来ますし、ハンマーという部品を全部入れ替える事も出来ます。そういったピアノすべての修理を、親父の代から70年ぐらい続けてるわけです。
日本国内ではヤマテピアノのように調律からオーバーホールまで対応できるお店というのは貴重ですね。
ほんとにそう思いますね。でも、その特化した部分というのを、なかなか打ち出せていない…。調律、もしくは修理しかやってない同業者さんと一緒に見られてしまう傾向はあるのかな。うちの広告の仕方がよくないのかなぁ(笑)
でも先代から70年以上続いてるというのは、確かな技術で信頼があってのことですね。
そうですね、長いことやっているので、昔からお客さんも多く、かれこれ数千軒はありますかね。
数千軒! それはすごい数ですね!
でも、だんだん調律をする方が少なくなって、家庭にあったピアノを処分しちゃう時期が来ているかなと思います。少しでも新規のお客さんを増やしたいところですが、なにしろ少子化が進んで厳しいところです。
あらゆるメーカーの、それこそ100年前のピアノも直せる
若い世代にもピアノの魅力を少しでも伝えられると良いんですけどね。ヤマテピアノではピアノの販売も行っているのですか?
もちろんです。主にヨーロッパのピアノを多く仕入れるようにしています。国産だとやはりヤマハが中心で、ヤマハも素晴らしいのですが、他にも色んな音があるんだと伝えたいので、一つにメーカーにこだわらず、多種多様な音色のピアノを紹介することにこだわりを持っています。
一度に多くのメーカーに触れられるのは、メーカー直営店にはない魅力ですね。
やっぱり、お客さんが好きな音、好きなピアノを選んでもらいたいですからね。
しかし、海外品から国産品まであらゆる楽器に対応するのは、職人さんにもスキルが要求されますね。
そのへんは、うちは元が修理屋で、あらゆるメーカーの楽器を預かっていましたのでね。それこそ100年前のピアノも直せます (笑)。親父なんかは古いリードオルガンまで直してましたよ。あれは空気で音を出す仕組みなのですが、そういうものも直してました。現在、そこまでのノウハウを継承している技術者は、うちでも1人だけですね。
貴重な職人さんですね。
国内では少数です。でも、世界的に見れば、そういう職人は結構いますよ。ドイツ、フランス、オーストリア、ウィーンなんかに行ってみると、うちと同じようなスタイルのお店が普通にあって、共感する部分はありますね。
職人さんの技術徹底の他に、経営的に工夫してきたことや取り組んでいることはありますか?
そうですね、若い音楽家の支援に力をいれています。というのは、音大って、それこそ生徒さんはいっぱいいるじゃないですか? でもコンサートすらせずに(演奏活動を)終わっちゃう人って結構いるんですよ。
せっかく音大を卒業したのにもったいないですね。
そう、だから、音大を卒業した人たちに向けて、コンサート会場の手配から広告宣伝、チケット作りまでサポートして、少しでも多くの人にクラシック音楽を経験してもらおう、という活動をしていました。
実際、やってみてどうでしたか?
クラシックのコンサートを観に行く、というのは、やはり一般的には馴染みが薄く、コンサートの集客には苦労していましたね。彼らには、まずは家族でも親戚でもいいからお客さんを集めなさいと (笑)。それと、自分たちもお互いに演奏を聴きに行くようすすめました。
そのあたりは、バンドのライブ集客と同じですね。やはりお客さんを呼ぶのは難しい…。
難しかったですね。中には「知っている曲をやらないからコンサートに行かない」という人もいました。いや、実際「知ってる曲って何曲あるんですか?」っていう(苦笑)。とにかく、まずは「クラシックコンサートを観に行く」という行動が定着してほしいという気持ちで取り組んでいます。
そういった地道な活動が業界全体の活性化につながりますよね。
そうそう。結局、自分たちの仕事に返ってきますからね。ただ売ったり調律したりするだけで、あとは知らないよっていうのは不十分じゃないか思って、これまでずっとやって来ました。応援していた演奏家の中には、ヨーロッパで活躍している人もいますよ。
続いての質問ですが、ヤマテピアノさんはスタジオも備えているのですね。
スタジオも淡島通りの頃からやってます。その頃は防音なんか無くて、ただ部屋を分けているだけだったけど、当時はまだ自宅にピアノがある時代じゃなかったので、気兼ねなくおもいっきりピアノが弾けると喜ばれて、よく利用していただきました。
昔は練習場所を探すのも大変だったのではないでしょうか?
一時期はお客さんの予約時間がぶつかってしまって、せっかく問い合わせていただいても、断わらざるを得ないときもありました。今はお断りしなくても十分対応できますよ(苦笑)。
ピアノスタジオが激増、下北沢周辺だけでも6軒ぐらいある
ここ数年、ピアノスタジオが急増していますからね。
そうですね。下北沢周辺だけでも6軒ぐらいはあるようです。ピアノスタジオとしてはうちが先駆けだけど、どうしてこんなに増えたのかなと思って調べてみたんですよ。
非常に興味深いです。で、その増加の要因は?
まず、バブル崩壊後、マンションやビルの空き物件が出てきて、その活用法として不動産業者がレンタルスタジオ業に注目しはじめたこと、それと同時期に少子化の影響もありピアノが売れなくなってきた。また、音楽スタジオ業界もバンドブームの頃は圧倒的にロック寄りだったけど、時代とともに新しい方向性を打ち出す必要がある。つまり不動産、ピアノ屋、スタジオ…、3者の需要と供給が一致したわけですね(笑)。
なるほど、単純にピアノ人口の増減だけではないのですね。
今では、駅の近くで24時間対応のピアノスタジオもめずらしくありません。うちも一時期は24時間対応でやらなくちゃいけないのかもと思ったけれど、やはりうちはうちのやり方で、フェイス・トゥ・フェイスを大切にしていきたい。
都内でも、プロの技術者さんがいるピアノ専門店のスタジオは貴重だと思います。
それぞれの特質に応じて、お客さんが使い勝手のよいスタジオを選べば良いんじゃないかな。なにより、身近に練習できる環境が増えたことで、ピアノを演奏する人、音楽をする人が増えるんだ、というように広い視野でとらえていますよ。
業界そのものの発展になると良いですね。それでは最後にヤマテピアノからメッセージをお願いします。
うちは決してシステム的にバリバリやっているお店ではなく、すべて手作りでやっています。なので、気軽にスタジオに来て、まずピアノに触ってみてください。特に、お買い上げにならなくても全然かまいません。よく、ピアノを見に来ると買わなくちゃいけないんじゃないか、と思う人も多いのですが、そんなことはありません!
さまざまな時代、メーカーの再生ピアノがあり、音色のちがいやデザインを見ているだけでもワクワクしますね。
洋服選びなんかでも、試着して「お似合いですよ」なんて言われて、後からついて回られると居心地が悪いってことありますよね(笑)。ピアノ選びもそうです。質問していだだければ、どんなことでも丁寧にお答えします、という姿勢です。ひょっとしたら、それがちょっと不愛想に感じるかもしれませんが、特別な1台との出会いを楽しんでほしいので、どうぞ気軽に来て弾いてみてください。
老舗の職人魂を堪能させていただきました。本日は貴重なお話をありがとうございました。
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