楽器屋探索ディープレポート Vol.13
マンドリン・ギター専門店絃楽器のイグチ
- 絃楽器のイグチ について
- 平成9年創業。関西で楽器店に勤めていたオーナー井口祐一氏が上京し開業したマンドリン・ギター専門店 。ゆかりのない東京のマンションに一室からスタートした店は、井口氏の地道な努力で、多くのマンドリン奏者や国内外メーカーから熱い信頼を得る名門店となる。楽器の販売、修理・メンテナンスはもちろん、マンドリンスクールも開講。新宿、南新宿、代々木の全ての駅からアクセスも良く、多くの人と触れ合える場所に店を構え、マンドリン奏者にその門戸を広く開いている。
- 絃楽器のイグチ 店舗情報
- 絃楽器のイグチ 公式サイト
渋谷区代々木2-26-5 バロール代々木104
お問い合わせ:03-3378-5357
営業時間:AM11:00〜PM7:00
※日曜定休・祝日不定休
楽器店の中の人に話を聞いてみた〜 絃楽器のイグチ 編
このコーナーは、楽器店でミュージシャンをサポートしてくれる「中の人」に突撃インタビューしてお話を聞いてしまおうというコーナーです。中の人の皆様、ご協力ありがとうございました。
本日は「絃楽器のイグチ」井口祐一さんにお話をお伺いします。マンドリン専門店の取材は初めてです。まずはお店の歴史を教えてください。
僕は京都の出身で、関西の楽器屋に5年勤めた後、自分で店を始めようと一念発起して、1997年に上京してきました。
初めから新宿エリアでやろうと決めていたのですか?
本当は関西でやりたかったんだけれども、いろいろ事情があって、東京でやることになって。この店の場所は行き当たりばったりで、不動産屋に飛び込んで、たまたま見つけた場所なんですよ。
たまたま、というには都内でもメインエリアでの出店になりましたね。
オープン当初はこのビル2階のワンルームだけだったんです。当時は、お金がなくて、ワンルームの部屋に商品を置き、そこに布団敷いて寝泊まりしていました。
それは、厳しい条件でのスタートでしたね。
新宿と代々木の近くってことだけで、最初は知らない人ばかりだし、2階なので表に看板も出せないのでお客さまも来ないですし、電話も鳴らないですから(笑)。厳しかったですね。
どのように苦しい状況を打開していったのでしょうか?
とにかく、自分からどんどん外に出かけて行って自己紹介から始めました。毎日いろんな所をまわって、面白いことをやってるとか、変わった店がある、ということを知ってもらって、小さなところから少しずつ口づてに広がっていきました。
こつこつ地道に始めたのですね。しかし心折れそうな作業にも思えます。
正直、折れかけましたね。とにかく、同じ部屋で寝泊まりして仕事もしてっていうのは、全く変化がないですから(苦笑)。
24時間ずっと同じ部屋の中ですからね…。
5年目に入った頃には『これ以上やったら気が狂っちゃうかな?』って気持ちになって(笑)。同じマンションの上の階の3DKの部屋が空いたんで、生活はその部屋に移しました。同じビルの中とはいえ、寝泊まりする所と仕事する所を別けることができたので、肉体的には楽になりました。
店鋪運営にも専念できそうですね。
あいかわらず店の方は1部屋しかないし、重い扉を開けないと入れないような雰囲気だったので、店舗も、他のどこか良い場所ないかな、と思案していたところ、ちょうど1階の今のこの場所が空いたので、移ってきました。それが開業7年目で2004年ころですね。
この建物をフル活用して乗り切ってきたのですね。
そうですね。ある意味、全てがこの建物で解決してます(笑)。とにかく、最初の2年間は、どれだけしくじっても、かじりついてやろうと思って頑張りました。2年目をクリアできたら3年目、3年目をクリアできたら4年目…みたいな感じで、1年ずつ続いて、気がついたらここまで来ていました。
雰囲気のあるお店で、経営の道のりも鮮やかなものだと思っていました。マンドリンって高貴なイメージですし(笑)
かなりドロドロでした。相当厳しい状況でしたよ(笑)。
マンドリンの奏者人口は日本が世界一多い。
マンドリンは(ピアノやギターに比べて)マイナーな楽器ですが、楽器について少し教えて下さい。
イタリアが発祥の楽器で、楽器としてはマイナーですが、実はマンドリンの奏者人口は日本が世界一多いんです。意外でしょ(笑)?
それは意外でした。井口さんもマンドリンは演奏されるのですか?
中学の頃に出会ってから、高校、大学とやっていました。マンドリンってひとりで弾くんじゃなくて、20、30、50人とオーケストラを組む場合が多いんですよね。
なるほど、オーケストラを組んで演奏するので奏者人口が多いというわけですね。
マンドリンはプロの演奏を聴く機会が少なく、プロ・オーケストラというのもほとんどないため(楽器としての)露出が少ないのですが、社会人や学生のサークルなど、アマチュア音楽として多くの方に親しまれています。
いつ頃からマンドリンが普及していったのでしょうか?
昭和の頃、ピアノが流行っていましたが値段も高いし場所もとるものでした。そこで、その手軽さで爆発的に人気が出たのがギターやマンドリンです。昭和30〜40年代からマンドリン人口もどんどん増えていきました。
マンドリンはどのあたりが人気のポイントだったのですか?
まずは、オーケストラを組んで、みんなで一緒に演奏する楽しさ。それと、バイオリンと同じ音程であるということ。バイオリンは子供の頃からはじめないと、なかなか物にならない。ところが、マンドリンの場合は、大学生や社会人から始めても割とすぐ弾けちゃうんですよ。だから門戸が広いんですね。
マンドリンは初心者に演奏しやすい楽器なのですね?
ピアノやバイオリンのように小さい頃からやっていなくても、すんなりと入っていけて間口が広いというのが日本人に受けたというのがあるし、他にも、『古賀メロディー』と称される古賀政男の音楽や演歌の世界でよく使われていて、そういうところから大衆音楽的にも広がったというのが大きいですね。昭和40年代頃に人気に火がついたんです。
技術も極めたら半端ないんでしょうね。
もちろんです。間口は広いけれど、やればやる程、奥行きが深くなる楽器ですね。
マンドリンは主に指で弾くので『絃』にした。
ところで店名の弦楽器が“絃”楽器になっていますが?
まずバイオリンなどを扱っているお店は弓編の『弦』を使っています。実際弓を使って弾きますからね。でもマンドリンは主に指で弾く撥弦楽器なので糸偏の『絃』にしました。三絃(三味線)など和楽器のお店には『絃』を使うことが多いんですよ。
演奏方法から正確な意味合いで名づけられたのですね。
お店の名前に関する小ネタがもう一つあるんです。ロゴに関してですが、絵的に弦楽器というのはわかると思うんですけど、他にも、音楽表記で「♯」「♭」を入っています。そして、私の名字を(漢字で)見てください(笑)。
あっ、井口さんだ(笑)。なるほど。ご自分で考えたんですか?
そうです。描いたのはデザイナーさんですけどね。これがロゴのちょっとした小ネタです(笑)。
次に、お店の業務内容などお聞かせください。
日本での総発売元として権利を得た国内のメーカーの楽器を一手に、国内の楽器屋さんなどに卸しています。それが中心ですね。あとはヨーロッパから買い付けた楽器の輸入、販売もしています。100年以上経っているオールド物やビンテージ物とかですね。
そういったビンテージ物などは井口さんが直接選ぶのですか?
ヨーロッパからオファーが来るので、その中から僕がチョイスしてます。直接向こう(海外)に行かなくても、「日本は井口に言えば関心を示してくれるだろう」ってことで、海外から情報が集まるんですよ。
良いポジションにいますね。これまでの地道な営業努力の賜物でしょうか。
そうですね。いろんな所のいろんな人と信頼関係ができていると思います。YAMAHAさん等で楽器フェアやるときは、ウチのものを貸し出して、展示してもらうこともあります。
ベネズエラ楽器というのもあると聞きました。
ベネズエラの楽器は時々入ってきますね。南米のマンドリンです。ルーツは分からないんですけど、南米に定着して100年以上経っていると思うので、元を正せば、イタリアからアメリカ経由で伝わったたんじゃないかと思います。
すっかり南米オリジナルになっていそうです。
最近、そういう南米系の弦楽器とかマラカスとかの問い合わせがあるんですよね。まだ、そういう楽器を扱うお店がないので、今後、需要もあるだろうと思ってます。でも、南米楽器のファン自体は多いんですよ。音楽としては、ラテン系は明るくて、1回聞けば楽しくなるし、ノリが物凄くいいですからね。マラカスと言ってもプロ仕様のものもあります。2万円くらいはしますよ(笑)。
マラカスで2万円は高いですね。
こういうのはどこに行っても売ってないんですよ。大手の楽器屋さんがマラカスを卸してほしいとオファーしてきたこともありますが、うちも卸すほどは輸入は出来ないので断ったんです。本格的なマラカスが欲しいという問い合わせは多いです。入手ルートが出来つつあるので、今後、定期的に現地から入れられると思っています。
プロ仕様のマラカスというのが気になります。
プロ仕様ってのは、中に軸が入って、貫通しているんですよ。演奏技術が難しくはなりますが、すごく長持ちするし、音も安定する。プラスティックではなく、本物のひょうたんを使っているし、中のタネも、粒の大きさとかブレンドの割合で音が違うとかあるみたいです。
産地のよって価値も変わるのでしょうか?以前、コントラバス専門店の取材で、日本人の技術は超一流だけど、イタリア製の方がすごいという舶来主義が関与して、値段が付けづらくなっていると言っていました。
バイオリン系は特にそうですよね。イタリア物っていうだけで、下手したら桁が1つ違う世界です。制作技術とか実際の物を見たら、ハンガリー製、チェコ製、ロシア製の方がいいこともあるんですけど、イタリア製じゃないというだけで値段が下がりますね。
イタリア一強ですね。マンドリンも同じなのでしょうか?
バイオリンはイタリア一強ですね。マンドリンに関しては、イタリアが一番っていうのは過去の話で、トータルで見ると、日本がいいと思います。ただ、100年前、戦前、1800年代の一番いい時代のビンテージ物っていうのは、日本の国産の物よりも高い値段がつく場合があります。
マンドリンは誰でも気軽に楽しめる楽器。
永い年月に渡って品質を保つには、やはりメンテナンスが必須ですね。
そうですね。メンテナンスしないと永くは保たないです。動物や植物ほど手間がかからないけど、かといって置物でもありません。その中間くらいでしょうか。放って置いたら、乾燥して割れたり、歪んだりするので、メンテナンスは必須です。
職人さんがいないと成り立たない世界ですね。
はい、職人あっての世界です。ウチでは修理専門の職人さん2人にずっとお願いしています。一人は関西時代からとても親しくしている人。もう一人は修理職人になりたいと、ウチを訪ねて来て、そこから修行して今はプロの職人としてやっている人です。共にがっちり手を組んでやっています。修理は途絶えることがないです。
修理は楽器の最高の状態を知っていないといけないので難しい仕事ですよね。
誰かが使っている楽器をいじるという部分で、一から作るよりも、修理の方が大変だと思います。音のセッティングと同時に、どうすれば長持ちするというのも考えなくてはいけない。修理して、半年後に壊れたらいけませんからね。知識と技術の両方を必要とするので、職人のなり手も少ないです。
職人を保護する文化が定着していると楽器の文化も続いていくと聞きました。
作る人とケアしてくれる人がいなかったら、そもそも何もできなくなりますからね。楽器についてどれだけ説明できても、それだけでは音や形にならないですから。仕事を始めた当初から、そこは大事にしないといけないなと思っています。
お客さんに楽器が届くまでには多くのプロを経由してるのですね。
営業に関しても、最初からずっとブレないようにしている部分があるんですが、それは、お客さんに買っていただいたら、それで終了ではなく、お客さんに買っていただいて、そこからお付き合いがスタートするというスタンスです。そうするとそのお客さまの紹介で、今度はお友達・お知り合いの方がメンテナンスや弦の張り替えなどで来店してくださいます。商売は口コミ的なつながりがとても大事です。
まさに糸を紡ぐように、小さな出会いの一つひとつが『絃』となって響いている気がしました。それでは最後にメッセージをお願いします。
マンドリンは非常に気軽に楽しめる楽器です。敷居が高いと思われる方も結構いらっしゃいますが、やってみるとそうでもなくて、誰でも知っているような曲や音楽が多岐に渡ってありますから、まずは一回手に取ってみてください。
多くの方にマンドリンに興味を持って欲しいですね。本日はありがとうございました。
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